ケトプロフェンの光線過敏症はなぜおこる?

薬剤師の質問に答える医薬品化学ノート
ケトプロフェンの光線過敏症はなぜおこるのか?

について、医薬品の化学構造式から考察してみます。

(第103回薬剤師国家試験に出題されました)

 

医薬品の化学構造式に二重結合が多く共役している構造(光励起される構造)がある

1,3-ブタジエンやアクロレインのように二重結合のp軌道が連なる構造を共役二重結合と呼び、元の二重結合に比べて最高被占軌道(HOMO)、最高空軌道(LUMO)のエネルギー準位が低くなります。

 

ベンゼン環などに二重結合などが共役して、p軌道が多く連なる分子は近紫外線UVA(長波長紫外線:315~400nm)を吸収します。

このような分子に近紫外線のエネルギーが与えられると、分子軌道の基底状態で最高被占軌道に入っている2電子の内、1電子が最低空軌道に昇位してビラジカルが発生します(励起状態)。

ラジカルは反応性が高く、タンパク質のシステインの硫黄原子などと結合し、タンパク質を変性させます。

これがアレルゲン(抗原)となり、質問にある3つのNSAIDsは抗原-抗体反応(すなわち、アレルギー反応)の一種である光線過敏症を引き起こすと考えられます。

ケトプロフェン、ジクロフェナックナトリウム、ピロキシカムの化学構造式を眺めてみましょう。

 

重篤な光線過敏症が報告されている経皮非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)

 

 

 

ケトプロフェンは2つのベンゼン環がカルボニル基で、ジクロフェナックナトリウムはアミノ基で結合しています。カルボニル基にはp軌道がありますのでケトプロフェンは共役構造になっていることは見てすぐに理解できると思います。

ジクロフェナックナトリウムはアミノ基で結合していますが、sp3混成軌道をとる脂肪族アミンのアミノ基にはp軌道がありませんが、sp2混成軌道をとるアミノ基は共役することができる2電子をもつp軌道が残っており、ジクロフェナックナトリウムは下図のように共役アミン構造になります。

 

 

ピロキシカムにはケト型とエノール型の平衡による互変異性体が存在します。

エノール型では水素結合による安定化を受けますので、単純なケトンとエノールの平衡に比べて、共役構造であるエノール型の存在確率が高くなります。

 

 

ピロキシカムのエノール型の構造を見てみると、上の右図のように、ベンゼン環はエノールの二重結合とアミド基を挟んでピリジン環と共役している共役アミド構造になっていることがお分かり頂けると思います。

以上のように、光線過敏症を引き起こす医薬品の化学構造はいずれもベンゼンやピリジンなどの2つ以上の芳香環がp軌道をもつ官能基に結合して共役構造をとっていることが分かります。

従って、上記3つの医薬品以外にも、同様の共役構造をとる医薬品は先に述べたように近紫外線によって励起され、アレルゲンとなり抗原—抗体反応を起こす可能性があると考えられます。

 

紫外線吸収剤にも光励起される共役構造がある

次に、日焼け止めクリームに使われている代表的な化合物、オキシベンゾン-3とオクトクリレンの化学構造を見てみましょう。

いずれの紫外線吸収剤も先に議論した共役構造をとっていることが分かります。これらの紫外線吸収剤は、塗られた肌表面で紫外線を吸収するブロック効果は高いですが、励起されたビラジカルによる刺激、赤み、湿疹を発生させる場合や、細胞のタンパク質と結合してアレルギー反応を引き起こすこともあります。

全身用日焼け止め薬(紫外線吸収剤)

 

 

では、オキシベンゾン-3とケトプロフェンの構造を見比べてください。置換基は異なりますが、いずれもベンゾフェノン誘導体であり、化学構造は類似しています。

 

 

光線過敏症が報告されている3つの NSAIDs は連なる二重結合を有する医薬品ですが、その中で、特にケトプロフェンは、オキシベンゾン-3と同じベンゾフェノンの誘導体です。従って、その作用が強く現れ、配合禁忌になっています。

上記3つの医薬品以外にも、同様の共役構造をもつ医薬品は近紫外線によって励起され、アレルゲンとなり抗原—抗体反応を起こす可能性があると考えられるので注意が必要です。

 

光線過敏症を回避するためには、光励起されにくい構造を有するロキソニンを使用する

日焼け止めクリームの使用でアレルギー反応が出た経験のある患者さんへの非ステロイド系抗炎症薬 (NSAIDs) の処方は、ベンゼン環が孤立して共役構造をとらないロキソプロフェンナトリウムの貼付剤が適当であると考えられます。

光線過敏症について患者さんによく説明し、処方について医師に照会することが必要です。

この例に限らず、一般的に化学構造が類似する化合物は同様の薬理(生理)活性を有すると言えます。

従って、医薬品の化学構造をよく理解し、その化学構造からの情報を活用することは、患者さんの安全と安心につながることがお分かり頂けたと思います。

 

ワンポイントアドバイス

化学構造が類似する化合物は同様の薬理(生理)活性を有する。

 

著:西出 喜代治(京都大学 薬学博士)

協力:(株)サエラ 教育研修部

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